片想い ここで Finally

SFC15 / 好きなものに片想いでは終わらせたくない

*reality or fantasy

 

夜が深けたこの時間に

なんとなく書きたくなって更新してみる。

 

夜って感情任せになってて

朝目が覚めると「こんなこと書いてたの…」

って軽く自分が恥ずかしくなることがあるから、

いつも夜遅くにレポートとかレジュメを書いたら

ちゃんと翌朝読んで直す。

 

 

何事も早めに始めても損はないよねってことで

就活を始めることにした。

外資とか行きたい人はもう始めるみたいだけど)

 

わたしは外資とか考えてなくて、

英語大事!英語でなきゃ無理!みたいな

会社には興味がない。

 

日本人なら日本語だよ!っていう考え。

保守的な人間だから。笑

 

 

大学生になるってことは

どんどん大人に近づいてることで

(ここでの大人は社会人として定義します)

大人になるってことは

現実に向き合わずにはいられなくなるってこと

だと高校生から思ってる。

 

高校の倫理の先生(わたしは倫理受けてない)と

「夢をみるということは現実から離れること」

って話してた記憶がある。

 

だから大学生になったら夢なんて見てられなくて

夢を持つことさえもできないと思ってたから

将来に対しては漠然にしか考えられなくて

「いつか真剣に考えなきゃいけないときがくるからそのときでいいや」

と思ってたのだが、その「いつか」がとうとうやってきたのです。

 

完璧なる自分のタイミング。

 

そんなわたしに夢というか目標がたくさんできた(・ω・)ノ

 

就職関連では

丸の内で働く!!!

 

会う人会う人にわたしは

「丸の内OLになりたい〜!」って言ってる。

 

なんで丸の内なのかっていうと

丸の内が好きだから!

 

丸の内のどこが好きかっていうと

丸の内の東京感がすごいから!

(もっと賢そうな表現がしたい…)

 

わたしはこれまで、両手では数え切れないほど

新幹線に乗って東京駅で降りてきた。

 

けど、何度も見慣れてる、感じ慣れてるはずなのに

東京駅のホームに足をついた瞬間に感じる

「東京だ〜!(わくわく)」と感じる胸の高鳴りと新鮮さ

言葉にできない独特の雰囲気が毎回ある。

 

いつまでも経ってもその新鮮さが色褪せないのって

珍しいと思ってるし、

歴史的には東京の玄関口は上野駅と品川駅なのに

その歴史さえも凌駕する東京ってなんなんだろう…

 

反対に山形新幹線利用の私からしたら

上野駅なんてただの通過駅だからね。

 

上野東京間の徐々に東京に近づいてる

車窓から見える景色がもう大好き。

 

そんなこんなで東京駅(丸の内)に

魅了されたから

わたしはその大好きな土地で

仕事をしていきたい。

 

ぬかりなく

 

 

 

 

うまくまとめられない…

 

 

A n n a

*April 22nd . Saturday / call my name

 

実に1ヶ月ぶりの更新。

 

去年の暮れからじわじわと大げさのようだけど

ものすごく人生が変わってきた。

 

それは良い意味での変化で

若干メンヘラ気質で何事も心配ばかりしてて

何事にも怯えてて、自分がそんなに好きでなくて

だから自分に自信がなくこれまで生きていた。

そのことが無駄であることに気づき、

今は人生がとても楽しく、毎日を楽しんで生きてる。

 

新学期も始まって、わたしもとうとう3年生になった。

 

ドイツの詩人であり戯曲家のシラーの言葉に

人生は退屈すれば長く、充実すれば短い

があって、まさしくそうだなって。

 

きっと人生が楽しくて充実してる「今」はあっという間に

過ぎ去って、気づいたらわたしは4年生になり、就職していくのだろう。 

 

 

 


 

 

今日の記事のサブタイトルのcall my nameは

わたしが心から愛するGARNET CROWの8枚目のシングルで

なんと今から16年前の2001年8月8日発売された

かなり前の曲である。

 

call My Name

call My Name

 

 

16年も前なのかってさっき調べて驚いた。

そんな昔のものって感じさせないほどに褪せてない。

 

最近 call my name を毎日5回くらい

聴いてるほどにはまってしまった。

 

メロディーもアレンジも全て好きなのだけれど、

22歳のわたしが今すごく、すごく好きで

心に響いているのが歌詞である。

 

初めて call my name を聴いたのは

多分小6くらいで、そこからつい最近まで

歌詞の意味をよく理解できず

「とにかく名前を呼んでほしいんだな」っていう

曲名だけからでも容易に想像つく感想しかなかった。

 

それに初っ端から出てくるRembrandtが

何かわからず調べたら画家ってわかって

中学の担任が美術の先生でRembrandtの話をしたら

レンブラントの作品の特徴が光と影の表現だって言われたのを

10年経った今でも覚えてる。

 

そして、『贋作』という言葉が出てくるのだけれど

ヴォーカルの中村由利の歌い方は

ちょっと聴き取りづらいものがあって(そこが好きである)

なんて歌ってるかわからないし、漢字も読めずに困ってた。

 

カラオケで『がんさく』って読むことを知るんだけど。

 

そして、もちろん読めない漢字だったから

意味もわからなかった。

 

歌詞に

白い壁と Rembrandt

いつまでも眺めていた

日曜の朝君とただ並んでた

(中略)

チープな贋作を集めてみて

一枚づつ週変わりにして

ってあるんだけど、

日曜の朝に君と並んで見ていた

レンブラントの作品は贋作なのか!

なんて今気づいた。

 

それはさておき、

この曲は自分の結婚式で流したいって思うほど

温かいラブソングであり、

好きな人と過ごす何気ない毎日に幸せをかみしめてる

そんな歌詞である。

 

特にわたしが好きな歌詞が

君と歩いてゆく日々に 

偶然重ね続けて運命の輪にしてく

そんなイメージを描いてゆくよ

 

好きな人と一緒に毎日を過ごすという偶然を

いくつも、いくつも重ね続けて

それを運命にしていくイメージをしてる

っていうなんともロマンチックな考えが大好きである。

 

結婚する人は「運命の人」と言われていて

それは生まれたときから決まっているわけだけでなく

出会った誰かとの偶然が重なって

それが運命になっていくっていうこともある。

 

そんな七さんの考え方も大好きである。

 

 

 

呼びなれた名前何度も

二人しかいない部屋で 

ちゃんと呼んでくれる

ただ そんなことが

暖かく響く何よりも甘く be aware

見えない気持ち信じてしまいそう

変わらない声で please call my name 

ふと思い出したように call my name

 

この2ヶ所に『call my name』の全てが収束されてると思う。

 

名前を呼んでくれるという当たり前すぎて些細なことに

幸せを感じるから名前を呼んでほしい、と。

 

確かに一緒にどこかにお出かけするのも楽しいし幸せである。

 

けれでも、それ以上に日常の中の当たり前のことに

幸せを感じられることが「贅沢」である。

 

そんな考え方が人生が変わった今のわたしの考え方と一致している。

 

 

幸せはなるものでなく、

幸せは自分のまわりに溢れるほどあるから、見つけ出すもの。

 

好きな人に名前を呼ばれることがなんて幸せなことか。

 

call my name

call my name

 

 

iTunesを2つ貼ったのはミスでなく、

どちらも流れる箇所が違うからだよ!

 

 

A n n a

 

 

 

*March 17th Friday / Life is so long

 

今日、3月17日はわたしの地元の

公立高校入試の合格発表の日。

 

 

今から7年前、わたしもものすごいドキドキしながら

今日を迎えていた気がする。

(大学入試の合格発表ほどじゃないけど)

 

中学生のわたしは高校受験に

信じられないくらいに追い詰められていて、全てをかけていた。

 

街行く大人を見ては

「この人も、この人も、高校入試を経験してるのか…」

なんてひたすら、ひたすら考えてた。

 

そして、合格できないことは人生の終わりである

とさえも思っていた。(気がする)

 

志望校合格に対する自信、

そして自分の中学の3年間この入試を意識してきた情熱

それらがここまで高校受験に命をかけていた原因ではないかと

今となっては思う。

 

もともとわたしが受けたところは倍率が低かったし

「あんなちゃんなら絶対大丈夫〜!」って

耳が腐るほど言われるくらい安全圏だったから(今だから言える)

受かってたけど、

「まあ当然だよね」っていう生意気な思いが

心のずーっと奥の片隅にありながらも

自分の受験番号を見つけたときはとても喜んだ。

 

大学入試も経験した身になると

大学合格の喜びは比じゃなかったけどね。

 

 

そんなこんなでちょっと7年前を懐かしんでみた。

 

 

 

そして、一番書きたかったことはここからである。

 

わたしは長期休みになると帰省して

自分が通っていた学習塾でバイトしている。

 

なぜか、担当してない生徒からも顔を覚えてもらって

声をかけてもらっている。

これはとても嬉しいことである。

 

だから塾に通う子たちはみんな

誰一人残らずとても可愛いし

ものすごく応援してた。

 

もともとお腹の弱いわたしが

今朝からお腹の調子が悪かった。

それは今日という日に緊張しているからだった。

 

それくらい生徒のみんなの結果が気がかりだった。

 

 

塾にいて結果を待つそわそわ感は

多分何回経験しても慣れないんだろうなって

常勤の先生の様子を見ていて思った。

 

鳴り止まない電話、まるばつを名簿につける副塾長。

 

固唾を飲みこむってこういうことか

なんて考えながら、その筆先を追っていた。

 

予想を大きく裏切ったばつの数。

 

特にわたしを好いてくれていた生徒

そして、

「絶対大丈夫だから!」と前日に抱擁して送り出した生徒。

 

遣る瀬無い気持ちがひたすら重くのしかかってきて

「大丈夫だから」と言ってしまった罪深さ、

なんて無責任なことを言ってしまったんだろうと。

 

言葉って無力だと思うときはある、

けどそれに矛盾してとても残酷であり、

言葉だけじゃなく、

優しさも時に棘を持つものであることを

痛いほどに感じた。

 

 

 


 

 

大学生になった今、

しかも浪人して

高校入試が全てではないことは明確にわかる。

 

なんであんなに人生かけてたんだろうって

中学生の自分の頭の中を見てみたいくらいに

今はそこまで思い詰めなくてもいいよって言いたい。

 

だから、今回不合格だった子たちに

「高校入試が全てじゃないよ」って言いたい。

 

けど、そんなことはもちろん言えないわけで

いつかそのことに気づいて

今日を笑い飛ばせる日がくるのを待っててほしい。

 

これは志望大学に2回落ちてるわたしが

胸を張って言えることだと思ってる。笑 

 

 

そして、今まで塾に夜遅くまで残って勉強してきたこと

土日も塾に足を運んでわからない質問をしてきたこと

これらは決して無駄じゃなかったことを忘れないでほしい。

 

れいごとのようだけど

合格に向けて自分たちがしてきたことを否定してはほしくない。

 

いつか、きっといつか「頑張っててよかった」って

思える日がくるから。

 

 

ZARDの『止まっていた時計が今動き出した』って歌で

 

 

止まっていた時計が今動き出した

止まっていた時計が今動き出した

  • ZARD
  • ポップ
  • ¥250

 

 

 

わたしが大好きな詞があって、それが

まわり道も 意味のある修行(おしえ)と気付く日が来る

きっとどこかへと つながっている

 

合否を知って、このフレーズが真っ先に浮かんで

不合格はまわり道じゃないけど

この出来事も「意味のある修行(おしえ)」であることに

気付く日が必ずくる。

そして、この出来事さえも未来の自分に繋がっている。

 

わたしも浪人したことをものすごく後悔してたときがあって

でも、この曲を聴いたら前向きになれて

今は浪人を自分の人生においては後悔はしてない。

(家族にものすごい迷惑と苦労をかけた点では後悔してるけど)

 

 

 

最近読んでる本が新堂冬樹の『カリスマ』で

 

カリスマ(上) (幻冬舎文庫)

カリスマ(上) (幻冬舎文庫)

 

 

その中に受験戦争うんぬんがかなり書かれているから

最近受験に対して疑問とか考えることがあるのかな。

 

 

 


 

 

なんて締めようか…

 

とりあえず、受験おつかれさま。

多くの子たちはまた3年後、頑張って。

 

 

おやすみなさい。

 

 

 

 

A n n a 

 

 

 

 

*March 6th. Monday / just because

 

2017年になってから初めて書くブログだ〜

 

今日はタイトル通り

「ただなんとなく」更新したくなって

キーボードに向かっているのです。

 

わたしのMacBookのキーボードが1年くらいも前から調子悪い上に

勝手に画面が真っ黒になることが多くて

パソコンなしじゃ生きられないけど

億劫なわたしは昨日やっと、やっと、Apple Storeに行ってきたのです。

 

担当してくれた人がとても優しくて

Macを入院」「健康診断」とか言ってて

(・ω・)< Apple愛を感じる

って思ったのよね。

 

結局検査?してハードに問題はないから

とりあえず様子見てそれでもだめだったらまた来て

って言われた。

 

そのAppleの人から

「たくさん楽しんでくれていろいろやっているのが

伝わってくるパソコンだから大切にしてね」

って言われて、

(・ω・)< わかる人はわかるんだ〜!

って感動した。

 

最新のMacBookはピンクのもあって

薄いし解像度もめちゃくちゃ高いし

すごく欲しくなったけど

せっかくなら4年間今のMacBookと過ごしていきたい

って思ったのです、辛い時も楽しい時もそばにあるから。

 

 

 

 

 

もう書くことがない…

 

 

 

A n n a

 

 

*November 29th . Tuesday / 大人って大したことない!

 

わたしは、漠然としてるけど

ずっと大人って「すごい」存在だと思ってたんだよね。

 

ほんとつい最近までそう思ってて

それってまあわたしがまだ子どもだって

ことなんだろうけど。

 

ていうか大人ってなんだろうって思って

調べたら

一人前に成人した人。

ってあるんだけど、成人は20歳から。

 

だと20歳すぎたらみんな大人?

 

いえ、一人前でない成人は大人ではありません。

 

では、一人前とは?

 

なんと一人前とは

成人であること。

らしい…

 

じゃあ成人していればいいの…?

 

わたし成人してるけどまだ自分が大人である自覚は

微塵もありませ〜ん(❀╹◡╹)ノ

 

だって、まだ自分でお金を稼いでそれで生活をしていない。

両親なしでは到底も生きていけない。

 

両親が働いて得たお金で大学に通わせてもらって、

東京で生活させてもらっている。

 

病院行くことさえも自分で判断できなくて

一々お母さんに電話して

「こうこうこうなんだけど、これって病院いくべきかな〜?」

なんて聞いてる始末。

 

さすがにこれは自分で判断しろよって

書きながら思った(笑)

 

成人はしているけど、自立も自律もできてない。

 

これって大人じゃないよね。

 

だと、就職して自分で働いたお金で生活できるようになったら

わたしは大人になれるのかって思っても

そりゃあその時にならないとわからないよ。

 

しかも、無職の人に対して

「いい大人が〜」なんて思うから

決して働いてるからといって

大人であるってわけじゃないんだよね。

 

難しい

 

ただ、今明確にわかることは

わたしは決して大人なんかじゃなくて

「大人」という存在の定義は人によって違うこと。

 

わたしから見た「大人」というのは

ここではとりあえずわたしより割に年上の人にします。

 

やっぱり自分より割に年上の人なんだから

わたしよりずっと人生経験しているから

それなりの礼儀とかわたしみたいなへっぽこよりできて当たり前。

 

そう思ってたけど、

 

実際そうじゃないんだよね!!!!!

 

大人は子どもに「ちゃんとしろ」「勉強しろ」とか

いろんなことを上から目線で物事を語るけど

そういう大人たちはちゃんとできてるのかって考えると

そうじゃないんだよ。

 

最近あったことでいうと

普通に大事なメールを確認しない・返信しない、

通行人の邪魔になってても動かない

ケチ(アドバイス)はつけるけど具体的なことは言わない

とかとか…

 

こんなん言い出したらキリないよ!

 

こういうのって大人だから当たり前にできてるって

思ってたのにまーったくできてない大人がいるの!

 

それに振り回されて嫌な思いをして

「なんで大人なのに!!!( •᷄ὤ•᷅)トゥワ?」って。

 

そうイライラもやもやしてる時に

研究会の院生さんから言われたのが

「大人って大したことないことに気付くんですよ」って。

(一字一句同じじゃないけどこんな感じ)

 

そこでね、「あ〜〜〜」って

もはや一種のアハ体験。

 

そうか、大人って自分が思ったほど大したことないんだ!

って気づいてものすごく楽になった。

 

そうなんだよ、大人って大したことないんだよ!

 

こんなに腑に落ちた言葉ないから何度も言うよ。

 

 

とまあ、そんなこんなで

大人は大したことじゃないことに気づいたのです。

 

それって自分が大人になったから?

 

でもこれだけは言えるの。

自分がそう思えるほどに成長したってこと。

 

 

 

A n n a 

 

 

 

 

 

*November 24th . Thursday

 

いつぞやぶりの更新ですかっていうのは置いといて…

 

まだ11月だというのにもう初雪が降りました。

 

11月にしてはとても寒くて、今日の格好は

ロングコートにブーツ、マフラーにイヤーマフラー

そして忘れていけないのは手袋。

 

雪国育ちだから寒さに強いように思われるけど

実際そうでもなく、

わたしはただただ防寒対策にぬかりないのです。

 

 


 

 

話は変わって今日は研究会の院生さんと

長くお話しする機会があって

今までのもやもやとか思うところを

つらつらと一方的に話してかえってきた言葉が

「それって生きづらくない?」でした。

 

まあ拍子抜けしたし、まあ実際そうだし。

 

わたしは真面目に生きていれば、いつか報われるって信じてきたし

不真面目な人たちを見ては「こうはならない」と思ってた。

 

だから、大学の授業を休みたいとなんとなく気分で思う日とか

どうしようもなくお腹痛くて電車に乗っても途中下車してしまう程に

体調が悪い日も『真面目に』授業を休まずに出席している。

 

「自主休講ワンチャン」とか「今日学校行きたくないぽ」って

ツイートしてても、言葉ばかり。

 

本当は「明日は何着ていくか」とか「明日の準備しないと」って

考えながらテレビを見たりネットサーフィンしてたりする。

 

ワンチャンなんて全くない。

 

これってまあ真面目なわけで、

他にも研究会の発表の準備とか課題を

ギリギリになっておわすとかこれまた言語道断で

これも、まあ真面目らしい。

(当たり前だと思っていた)

 

真面目って言われることにどこか誇りを持ってた自分もいて

真面目って何かなと思いつつも、喜んでた。

 

でも今日言われたのが

「大学生になって物を言うのは運とコミュ力と行動力」

(曖昧だけど、こんな感じ)

 

真面目に生きてるのがバカみたいだなって思った。

 

だってさ、グルワのときとか考えるとそうなんだよ!

 

わたしが真面目に頑張っても、真面目にやってない人は

わたしの頑張りを共有して、なんの苦労もしてない。

 

グルワなんてグループワークなんだから、

先生はわたし個人の頑張りをみて評価しない。

 

グループで評価するから、真面目にやってもやらなくても

評価はおんなじ。釈然としないわ〜

 

さて、話は戻して

もちろん、常にフラフラ不真面目に生きるのは

それは分別がつかないただの馬鹿というのか

KY(死語ですね)というのかわからないけど

とりあえずよくないこと。

 

だからほどよく 真面目 でいたい。

 

まあでも一般的に真面目な人の評価は高いように感じるし

でもそれなりに不真面目に生きてる方が

自分の精神衛生にはいいだろうし、何より楽。

 

いつまでも終わらない禅問答だ〜

 

でも、大学生でいるうちは6:4で真面目、不真面目でいたい。

 

そう思った2016年初雪の日。

 

 

 

こういう記事って無駄に長いとだめだから

まだまだ思うことあるけど、今日はここまで!

 

 

 

 

A n n a

 

 

 

 

 

 

*ICPC / July 2nd

 

昨日(7/4)はうだるような暑さだったのに

今日(7/5)はとても肌寒かったです。

 

もう7月なのに、こんなに寒いとは。

 

でも暑いよりは過ごしやすいから

わたしはこっちのほうがずっといいけど٩( ´◡` )( ´◡` )۶

 

 

 


 

 

 

さてさて、タイトル通り

7月2日に武蔵大学 江古田キャンパスにて行われた

ICPC(情報通信政策研究会議)について書きたいと思います。

 

 

ICPC:情報通信政策研究会議

(この写真にちゃんとわたしの後ろ姿が

写っているのですよ〜◊ ( ∩"◡"∩) ◊)

 

 

ここで江古田キャンパスまでの道のりを。

 

新宿から新江古田駅に行ったのですが、

新宿駅小田急線のホームから都営大江戸線のホームまで

とても、とても、とってーも遠いのでした。

 

朝の上りの小田急はやっぱりずっと立ちっぱなし、

だから大江戸線もかな…と思ったら

全く混んでなくて余裕で座れました。

 

新江古田駅とか初めて聞いたそんな未開の地で

ちょっと迷子になりながらも無事に武蔵大学まで辿りつけました。

 

駅から歩いていけるキャンパスっていいなあ

なんて思ったりもしました。

 

 

ICPCには1日に一緒した静岡大と武蔵大の学生の他に

九州大学の人や、委員会(?)の大人の方々がいました。

 

わたしが想像していたものと違って

そんなにきっちりしくなくて安心しました。

 

最初は学生の発表を聞きました。

 

贔屓目抜きでわたしの先輩の研究が1番だと思った。

 

たださえ、発表するのは緊張するのに

多くのお偉い方々の前で発表して、

さらに賞がかかってくる場での発表って

本当にすごいことなんだなって思いました。

 

そして静岡大と九州大はグループ研究なのに

われらが慶應は個人研究なのだ。

 

ここに大きな差があるのだ。

 

わたしだって、WSのときに静岡大の方から

個人研究って知ったらすごいね、って驚かれたんだもの。

 

ここまで書くと慶應じゃないところが

賞をとったってわかりますよね。

 

今度この学生発表の場があったら

わたしが出るかわからないけど

九州大と静岡大をギャフンと言わせたいね。

 

このことがわたしが思った以上に

土屋先生が悔しかったみたいで

明朝、結構長めのメールが届いてました。

 

そのメールを読んで、

土屋先生って本当に研究会のみんなのことを

しっかりと見ていて優しい先生なんだなと思いました。

 

そして、もっともっと、積極的に発言するようにしよう!

って決めたのです。

(あれ、これどっかでも書いた気が…)

 

まあ、そんなこんなでお昼は大学関係なしに

どっかに食べに行くってなって

わたしは総務審議官について中華料理に行きました。

(いかんせん、総務省に興味があるからね)

 

総務審議官さまのお隣をしっかしゲットし

自分がやりたいことをお伝えできたのです◊ ( ∩"◡"∩) ◊

 

うれしさの極み!!!

 

慶應生ならⅠ種受けて欲しいんだって…!

頑張ろうって思った٩( ´◡` )( ´◡` )۶

 

 

 

午後からはWSでグループに分かれて

若者が興味を持つニュースメディア(アプリ)を考えました。

 

結構わたしがんばった!がんばっていろいろ提案した!

 

でも、結果はめちょめちょで

だれも票を入れてくれませんでした〜ワロタ

 

 

 

 

結構、わたしはICPCに行くの

いやだな〜めんどくさいな〜って思ってた。

 

けど、実際に行ってみると

拍子抜けするくらいに割とフランクで

他大学の人と交流できて

すごくいい経験ができたな、

参加してよかったなって思いました。

 

月並みな言葉しか言えてない(u_u)

 

でも、ここに書いた言葉以下でも以上でもなくて

ほんとうに参加してよかったなと一言に尽きるのです。

 

 

 

土屋先生のメールを受けて

最低1回は研究会で発言しようって決めて

それを今日、ちゃんと達成できました。

 

この調子です。

 

 

 

おやすみなさい

 

 

 

 

A n n a